伝道の書 2章11節(伝道の書2:11)

11 そこで、わたしはわが手てのなしたすべての事こと、およびそれをなすに要ようした労苦ろうくを顧かえりみたとき、見みよ、皆みな、空そらであって、風かぜを捕とらえるようなものであった。日ひの下したには益えきとなるものはないのである。

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この節を含む箇所快楽のむなしさ伝道の書2:1-11

前後の聖句(2章9–13節)

9 こうして、わたしは大おおいなる者ものとなり、わたしより先さきにエルサレムにいたすべての者ものよりも、大おおいなる者ものとなった。わたしの知恵ちえもまた、わたしを離はなれなかった。

10 なんでもわたしの目めの好このむものは遠慮えんりょせず、わたしの心こころの喜よろこぶものは拒こばまなかった。わたしの心こころがわたしのすべての労苦ろうくによって、快楽かいらくを得えたからである。そしてこれはわたしのすべての労苦ろうくによって得えた報むくいであった。

11 そこで、わたしはわが手てのなしたすべての事こと、およびそれをなすに要ようした労苦ろうくを顧かえりみたとき、見みよ、皆みな、空そらであって、風かぜを捕とらえるようなものであった。日ひの下したには益えきとなるものはないのである。

12 わたしはまた、身みをめぐらして、知恵ちえと、狂気きょうきと、愚痴ぐちとを見みた。そもそも、王おうの後あとに来くる人ひとは何なんをなし得えようか。すでに彼かれがなした事ことにすぎないのだ。

13 光ひかりが暗くらきにまさるように、知恵ちえが愚痴ぐちにまさるのを、わたしは見みた。

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