伝道の書 2章10節(伝道の書2:10)

10 目めが欲ほしがるものは、何なん一ひとつ拒こばまなかった。どんな楽たのしみも、自分じぶんに禁きんじることはしなかった。わたしの心こころが、すべての労苦ろうくを喜よろこんでいたからだ。これこそ、すべての労苦ろうくから得えたわたしの取とり分ぶんだった。

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この節を含む箇所快楽のむなしさ伝道の書2:1-11

前後の聖句(2章8–12節)

8 銀ぎんや金かねも集あつめ、王おうたちや国々くにぐにの宝たからも手てに入いれた。歌ううたう男おとこや歌ううたう女おんなもかかえ、人ひとを楽たのしませるもの、大勢おおぜいの側女そばめ(そばめ)も持もった。

9 こうしてわたしは、エルサレムでわたしより前まえにいただれよりも大おおきな者ものとなり、豊ゆたかになった。それでも知恵ちえはわたしから離はなれなかった。

10 目めが欲ほしがるものは、何なん一ひとつ拒こばまなかった。どんな楽たのしみも、自分じぶんに禁きんじることはしなかった。わたしの心こころが、すべての労苦ろうくを喜よろこんでいたからだ。これこそ、すべての労苦ろうくから得えたわたしの取とり分ぶんだった。

11 それからわたしは、自分じぶんの手てがしたすべての仕事しごとと、苦労くろうして成なし遂とげたことを振ふり返かえってみた。すると、どれもみなむなしく、風かぜを追おうようなものだった。太陽たいようの下したには、何なんの得とくもない。

12 次つぎにわたしは、知恵ちえとは何なんか、また狂くるった行おこないや愚おろかさとは何なんかを、よく見みきわめようとした。王おうの跡あとを継つぐ者ものに、いったい何なんができるだろう。すでにされてきたこと以上いじょうのことは、何なんもできない。

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