ローマ人への手紙 14章1-12節

互いにさばき合わない(ローマ14:1-12)

見出しは聖書本文ではなく、当サイトが付けたものです。

ローマ14章全体を読む

1 信仰しんこうの弱よわい者ものを受うけいれなさい。ただ、意見いけんを批評ひひょうするためであってはならない。

2 ある人ひとは、何なんを食たべてもさしつかえないと信しんじているが、弱よわい人ひとは野菜やさいだけを食たべる。

3 食たべる者ものは食たべない者ものを軽かろんじてはならず、食たべない者ものも食たべる者ものをさばいてはならない。神かみは彼かれを受うけいれて下くださったのであるから。

4 他人たにんの僕ぼくをさばくあなたは、いったい、何者なにものであるか。彼かれが立たつのも倒たおれるのも、その主人しゅじんによるのである。しかし、彼かれは立たつようになる。主しゅは彼かれを立たたたせることができるからである。

5 また、ある人ひとは、この日ひがかの日ひよりも大事だいじであると考かんがえ、ほかの人ひとはどの日ひも同おなじだと考かんがえる。各自かくじはそれぞれ心こころの中なかで、確信かくしんを持もっておるべきである。

6 日ひを重おもんじる者ものは、主しゅのために重おもんじる。また食たべる者ものも主しゅのために食たべる。神かみに感謝かんしゃして食たべるからである。食たべない者ものも主しゅのために食たべない。そして、神かみに感謝かんしゃする。

7 すなわち、わたしたちのうち、だれひとり自分じぶんのために生いきる者ものはなく、だれひとり自分じぶんのために死しぬ者ものはない。

8 わたしたちは、生いきるのも主しゅのために生いき、死しぬのも主しゅのために死しぬ。だから、生いきるにしても死しぬにしても、わたしたちは主しゅのものなのである。

9 なぜなら、キリストは、死者ししゃと生者しょうじゃとの主しゅとなるために、死しんで生いき返かえられたからである。

10 それだのに、あなたは、なぜ兄弟きょうだいをさばくのか。あなたは、なぜ兄弟きょうだいを軽かろんじるのか。わたしたちはみな、神かみのさばきの座ざの前まえに立たつのである。

11 すなわち、「主しゅが言いわれる。わたしは生いきている。すべてのひざは、わたしに対たいしてかがみ、すべての舌したは、神かみにさんびをささげるであろう」と書かいてある。

12 だから、わたしたちひとりびとりは、神かみに対たいして自分じぶんの言いいいひらきをすべきである。

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