レビ記 27章32節(レビ記27:32)

32 牛うしまたは羊ひつじの十じゅう分ぶんの一いちについては、すべて牧者ぼくしゃのつえの下したを十じゅう番ばん目めに通とおるものは、主しゅに聖せいなる物ものである。

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この節を含む箇所十分の一の規定レビ記27:30-34

前後の聖句(27章30–34節)

30 地ちの十じゅう分ぶんの一いちは地ちの産物さんぶつであれ、木この実みであれ、すべて主しゅのものであって、主しゅに聖せいなる物ものである。

31 もし人ひとがその十じゅう分ぶんの一いちをあがなおうとする時ときは、それにその五ご分ぶんの一いちを加くわえなければならない。

32 牛うしまたは羊ひつじの十じゅう分ぶんの一いちについては、すべて牧者ぼくしゃのつえの下したを十じゅう番ばん目めに通とおるものは、主しゅに聖せいなる物ものである。

33 その良よい悪わるいを問とうてはならない。またそれを取とり換かえてはならない。もし取とり換かえたならば、それと、その取とり換かえたものとは、共ともに聖せいなる物ものとなるであろう。それをあがなうことはできない』」。

34 これらは主しゅが、シナイ山やまで、イスラエルの人々ひとびとのために、モーセに命めいじられた戒いましめである。

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