ルカによる福音書 9章25節(ルカ9:25)

25 たとえ全ぜん世界せかいを手てに入いれても、自分じぶん自身じしんを失うしなったり、だめにしてしまったら、何なんの得とくになるだろうか。

ルカ9章全体を読む

この節の翻訳記録を見る(日常訳プロジェクト)

この節を含む箇所自分の十字架を負うルカ9:23-27

前後の聖句(9章23–27節)

23 それからイエスは、みんなに向むかって言いった。「わたしについて来きたいと思おもう人ひとは、自分じぶんを捨すて、毎日まいにち、自分じぶんの十字じゅうじ架かを背負せおって、わたしについて来きなさい。

24 自分じぶんの命いのちを救すくおうとする人ひとは、それを失ううしなう。でも、わたしのために自分じぶんの命いのちを失ううしなう人ひとは、それを救すくうことになる。

25 たとえ全ぜん世界せかいを手てに入いれても、自分じぶん自身じしんを失うしなったり、だめにしてしまったら、何なんの得とくになるだろうか。

26 わたしと、わたしの言葉ことばを恥はずかしく思おもう人ひとがいれば、人ひとの子こも、その人ひとを恥はずかしく思おもう。人ひとの子こが、自分じぶんの栄光えいこうと、父ちちの栄光えいこうと、聖せいなる天使てんしたちの栄光えいこうに包つつまれて来くるときにね。

27 はっきり言いっておく。ここに立たっている人ひとの中なかには、神かみの御み国くにを見みるまでは決けっして死しなない人ひとたちがいる。」

有名な聖句をもっと読む