ピリピ人への手紙 3章7節(ピリピ3:7)

7 しかし、わたしにとって得とくだったこれらのものを、キリストのゆえに、今いまでは損そんだと思おもうようになった。

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この節を含む箇所キリストを信じる信仰による義ピリピ3:1-11

前後の聖句(3章5–9節)

5 わたしは生うまれて八よう日か目めに割礼かつれいを受うけ、イスラエルの民たみに属ぞくし、ベニヤミン族ぞくの出でで、ヘブライ人じんの中なかのヘブライ人じんだ。律法りっぽうについてはファリサイ派はだった。

6 その熱心ねっしんさのあまり、教会きょうかいを迫害はくがいしていた。律法りっぽうが求もとめる義ぎについては、非ひのうちどころのない者ものだった。

7 しかし、わたしにとって得とくだったこれらのものを、キリストのゆえに、今いまでは損そんだと思おもうようになった。

8 いや、それだけではない。わたしの主しゅキリスト・イエスを知しることのすばらしさに比くらべれば、すべてが損そんだと思おもっている。キリストのために、わたしはすべてを失うしなった。そして、それらをゴミくずと思おもっている。キリストを得えるためだ。

9 そして、キリストの中なかにいる者ものと認みとめられたい。自分じぶん自身じしんの義ぎ、つまり律法りっぽうから来くる義ぎではなく、キリストを信しんじる信仰しんこうによって与あたえられる義ぎ、信仰しんこうにもとづいて神かみから来くる義ぎを持もつ者ものとして。

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