聖書の「潔白」について

手を洗って潔白を示す習わしや、ダニエルの潔白、ピラトの言葉など、罪のないことに関する聖句です。

関連する聖句7箇所。分類はネーヴ『トピカル・バイブル』(1896年、英語原題 INNOCENCY)によります。日本語の見出しと説明は当サイトによる訳で、聖書本文ではありません(未校閲)。

手を洗って潔白を示す

申命記21:6、詩篇26:6、マタイ27:24

申命記21:6 そしてその殺ころされた者もののある所ところに最ももっとも近ちかい町まちの長老ちょうろうたちは皆みな、彼かれらが谷たにでくびを折おった雌牛めうしの上うえで手てを洗あらい、

ダニエルの潔白

ダニエル書6:22

ダニエル書6:22 わたしの神かみはその使つかいをおくって、ししの口くちを閉とざされたので、ししはわたしを害がいしませんでした。これはわたしに罪つみのないことが、神かみの前まえに認みとめられたからです。王おうよ、わたしはあなたの前まえにも、何なんも悪わるい事ことをしなかったのです」。

エレミヤ

エレミヤ書2:35

エレミヤ書2:35 あなたは言いう、『わたしは罪つみがない。彼かれの怒いかりは、決けっしてわたしに臨のぞむことがない』と。あなたが『わたしは罪つみを犯おかさなかった』と言いうことによって、わたしはあなたをさばく。

ピラトが潔白を言い表す

マタイ27:24

マタイ27:24 ピラトは手てのつけようがなく、かえって暴動ぼうどうになりそうなのを見みて、水みずを取とり、群衆ぐんしゅうの前まえで手てを洗あらって言いった、「この人ひとの血ちについて、わたしには責任せきにんがない。おまえたちが自分じぶんで始末しまつをするがよい」。

罪と対比される潔白

創世記2:25、創世記3:7-11

創世記2:25 人ひととその妻つまとは、ふたりとも裸はだかであったが、恥はずかしいとは思おもわなかった。

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