聖書の「恥」について
アダムとエバが覚えた恥、恥を知らない者、またイエスが忍ばれた十字架の恥について語る聖句を集めました。
関連する聖句6箇所。分類はネーヴ『トピカル・バイブル』(1896年、英語原題 SHAME)によります。日本語の見出しと説明は当サイトによる訳で、聖書本文ではありません(未校閲)。
イエスはご自分を拒む者を恥じられる
マルコ8:38 邪悪で罪深いこの時代にあって、わたしとわたしの言葉とを恥じる者に対しては、人の子もまた、父の栄光のうちに聖なる御使たちと共に来るときに、その者を恥じるであろう」。
アダムとエバの恥
創世記3:10 彼は答えた、「園の中であなたの歩まれる音を聞き、わたしは裸だったので、恐れて身を隠したのです」。
金の子牛を拝んだイスラエル人は恥を知らなかった
出エジプト32:25 モーセは民がほしいままにふるまったのを見た。アロンは彼らがほしいままにふるまうに任せ、敵の中に物笑いとなったからである。
不義な者は恥を知らない
ゼパニヤ書3:5 その中にいます主は義であって、不義を行われない。朝ごとにその公義を現して、誤ることがない。しかし不義な者は恥を知らない。
十字架の恥
ヘブル12:2 信仰の導き手であり、またその完成者であるイエスを仰ぎ見つつ、走ろうではないか。彼は、自分の前におかれている喜びのゆえに、恥をもいとわないで十字架を忍び、神の御座の右に座するに至ったのである。