ガラテヤ人への手紙 3章15-25節

律法の目的(ガラテヤ3:15-25)

見出しは聖書本文ではなく、当サイトが付けたものです。

ガラテヤ3章全体を読む

15 兄弟きょうだい姉妹しまいよ、身近みぢかな例れいで話はなそう。人ひとと人ひとの間あいだで交かわした約束やくそくでも、いったん正式せいしきに決きまれば、だれもそれを取とり消けしたり、付つけ加くわえたりできない。

16 さて、約束やくそくはアブラハムと、その子孫しそんに向むけて語かたられた。「子孫しそんたち」と、多おおくの人ひとを指さすようには言いわれていない。「あなたの子孫しそんに」と、一人ひとりを指さして言いわれている。それはキリストのことだ。

17 わたしが言いいいたいのはこうだ。神かみがすでに正式せいしきに決きめた約束やくそくを、四百よんひゃく三十さんじゅう年ねん後ごにできた律法りっぽうが無効むこうにして、その約束やくそくを打うち消けすことはできない。

18 もし受うけ継つぐものが律法りっぽうによるのなら、それはもう約束やくそくによるものではない。しかし神かみは、約束やくそくによって、それをアブラハムに与あたえてくださったのだ。

19 では、律法りっぽうは何なんのためにあるのか。それは、違反いはんがあることをはっきりさせるために、後あとから加くわえられたものだ。約束やくそくを受うけたあの子孫しそんが来くるまでの間あいだのもので、天使てんしたちを通とおし、一人ひとりの仲介ちゅうかい者しゃの手てによって定さだめられた。

20 仲介ちゅうかい者しゃは、一方いっぽうだけのために立たつのではない。しかし、神かみは一人ひとりだ。

21 では、律法りっぽうは神かみの約束やくそくに反はんするものなのか。決けっしてそうではない。もし、いのちを与あたえられる律法りっぽうが与あたえられていたのなら、義ぎはほんとうに律法りっぽうによって得えられたはずだ。

22 しかし聖書せいしょは、すべてのものを罪つみの下したに閉とじ込こめた。それは、イエス・キリストを信しんじる信仰しんこうによって、約束やくそくが、信しんじる人々ひとびとに与あたえられるためだ。

23 この信仰しんこうが来くる前まえ、わたしたちは律法りっぽうのもとで見張みはられ、やがて現あらわされる信仰しんこうの時ときまで閉とじ込こめられていた。

24 こうして律法りっぽうは、わたしたちをキリストへと導みちびく付つき添そい役やくとなった。それは、わたしたちが信仰しんこうによって義ぎと認みとめられるためだ。

25 でも、この信仰しんこうが来きた今いま、わたしたちはもう付つき添そい役やくのもとにはいない。

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