ガラテヤ人への手紙 3章1-9節

律法の行いか信仰か(ガラテヤ3:1-9)

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ガラテヤ3章全体を読む

1 ああ、物ものわかりのわるいガラテヤ人にんよ。十字じゅうじ架かにつけられたイエス・キリストが、あなたがたの目めの前まえに描えがき出だされたのに、いったい、だれがあなたがたを惑まどわしたのか。

2 わたしは、ただこの一ひとつの事ことを、あなたがたに聞きいてみたい。あなたがたが御ご霊れいを受うけたのは、律法りっぽうを行おこなったからか、それとも、聞きいて信しんじたからか。

3 あなたがたは、そんなに物ものわかりがわるいのか。御ご霊れいで始はじめたのに、今いまになって肉にくで仕上しあげるというのか。

4 あれほどの大おおきな経験けいけんをしたことは、むだであったのか。まさか、むだではあるまい。

5 すると、あなたがたに御ご霊れいを賜たまい、力ちからあるわざをあなたがたの間あいだでなされたのは、律法りっぽうを行おこなったからか、それとも、聞きいて信しんじたからか。

6 このように、アブラハムは「神かみを信しんじた。それによって、彼かれは義ぎと認みとめられた」のである。

7 だから、信仰しんこうによる者ものこそアブラハムの子こであることを、知しるべきである。

8 聖書せいしょは、神かみが異邦いほう人にんを信仰しんこうによって義ぎとされることを、あらかじめ知しって、アブラハムに、「あなたによって、すべての国民こくみんは祝福しゅくふくされるであろう」との良よい知しらせを、予告よこくしたのである。

9 このように、信仰しんこうによる者ものは、信仰しんこうの人ひとアブラハムと共ともに、祝福しゅくふくを受うけるのである。

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