「赤ちゃん」(あかちゃん)が出てくる聖書の箇所

「赤ちゃん」(あかちゃん)は日常訳第1版の13か所(旧約6・新約7)に出てきます。口語訳では0か所。

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出エジプト記(6か所)

出エジプト2:3 でも、もうこれ以上いじょうは隠かくしきれなくなった。そこで母親ははおやはパピルスのかごを用意よういし、アスファルトとピッチを塗ぬって水みずがしみ込こまないようにした。その中なかに赤あかちゃんを寝ねかせ、ナイル川かわの岸辺きしべの葦あしの茂しげみにそっと置おいた。

出エジプト2:4 赤あかちゃんの姉あねは、どうなるのか見届みとどけようと、少すこし離はなれたところに立たっていた。

出エジプト2:6 開あけてみると、そこには赤あかちゃんがいた。男おとこの子こが泣ないていたのだ。彼女かのじょはかわいそうに思おもい、「これはヘブライ人じんの子こどもの一人ひとりね」と言いった。

出エジプト2:7 すると赤あかちゃんの姉あねがファラオの娘むすめに言いった。「ヘブライ人じんの女おんなの中なかから乳母うばを呼よんできて、この子こにお乳ちちをあげさせましょうか。」

出エジプト2:8 ファラオの娘むすめが「そうしてちょうだい」と答こたえると、その少女しょうじょは行いって、赤あかちゃんの母親ははおやを呼よんできた。

出エジプト2:9 ファラオの娘むすめは母親ははおやに言いった。「この子こを連つれていって、わたしの代かわりに乳ちちを飲のませて育そだててね。ちゃんとお礼れいは払はらうから。」母親ははおやは赤あかちゃんを引ひき取とり、乳ちちを飲のませて育そだてた。

マタイによる福音書(1か所)

マタイ24:19 その日ひには、妊娠にんしんしている女おんなの人ひとや、赤あかちゃんに乳ちちを飲のませている女おんなの人ひとは、本当ほんとうにつらい思おもいをする。

ルカによる福音書(3か所)

ルカ2:12 これが、あなたたちへのしるしだ。布ぬのにくるまれ、飼かい葉ばおけに寝ねている赤あかちゃんが見みつかるだろう。」

ルカ2:16 そして急いいそいで行いって、マリアとヨセフ、そして飼かい葉ばおけに寝ねている赤あかちゃんを見みつけた。

ルカ18:15 人々ひとびとは、赤あかちゃんにも触ふれてもらおうとして、イエスのところに連つれて来きた。それを見みた弟子でしたちは、彼かれらを叱しかった。

ヨハネによる福音書(1か所)

ヨハネ16:21 子こを産うむとき、女おんなは苦くるしむ。その時ときが来きたからだ。でも赤あかちゃんが生うまれると、その苦くるしみをもう思おもい出ださない。一人ひとりの人ひとがこの世よに生うまれた、という喜よろこびでいっぱいになるからだ。

ヘブル人への手紙(1か所)

ヘブル5:13 乳ちちばかり飲のんでいる人ひとは、まだ赤あかちゃんだ。だから、正ただしい生いき方かたについての教おしえをまだよく理解りかいできていない。

ペテロの第一の手紙(1か所)

ペテロ第一2:2 生うまれたばかりの赤あかちゃんのように、混まじりけのない、霊的れいてきな乳ちちを強つよく求もとめなさい。それを飲のんで成長せいちょうし、救すくいへと向むかうためだ。

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