「寂しい」(さびしい)が出てくる聖書の箇所

「寂しい」(さびしい)は口語訳の13か所(旧約3・新約10)に出てきます。「さびしい」も含みます。日常訳第1版では5か所。

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サムエル記下(1か所)

サムエル第二13:20 兄あにアブサロムは彼女かのじょに言いった、「兄あにアムノンがあなたと一緒いっしょにいたのか。しかし妹いもうとよ、今いまは黙だまっていなさい。彼かれはあなたの兄あにです。この事ことを心こころにとめなくてよろしい」。こうしてタマルは兄あにアブサロムの家いえに寂さびしく住すんでいた。

イザヤ書(1か所)

イザヤ書27:10 堅固けんごな町まちは荒あれてさびしく、捨すて去さられたすまいは荒野こうやのようだ。子牛こうしはそこに草くさを食くい、そこに伏ふして、その木きの枝えだを裸はだかにする。

哀歌(1か所)

哀歌1:1 ああ、むかしは、民みんの満みちみちていたこの都と、国々くにぐにの民たみのうちで大おおいなる者ものであったこの町まち、今いまは寂さびしいさまで座ざし、やもめのようになった。もろもろの町まちのうちで女王じょおうであった者もの、今いまは奴隷どれいとなった。

マタイによる福音書(2か所)

マタイ14:13 イエスはこのことを聞きくと、舟ふねに乗のってそこを去さり、自分じぶんひとりで寂さびしい所ところへ行いかれた。しかし、群衆ぐんしゅうはそれと聞きいて、町々まちまちから徒歩とほであとを追おってきた。

マタイ14:15 夕方ゆうがたになったので、弟子でしたちがイエスのもとにきて言いった、「ここは寂さびしい所ところでもあり、もう時ときもおそくなりました。群衆ぐんしゅうを解散かいさんさせ、めいめいで食物しょくもつを買かいに、村々むらむらへ行いかせてください」。

マルコによる福音書(5か所)

マルコ1:35 朝あさはやく、夜よるの明あけるよほど前まえに、イエスは起おきて寂さびしい所ところへ出でて行いき、そこで祈いのっておられた。

マルコ1:45 しかし、彼かれは出でて行いって、自分じぶんの身みに起おこったことを盛さかんに語かたり、また言いいいひろめはじめたので、イエスはもはや表立おもてだっては町まちに、はいることができなくなり、外そとの寂さびしい所ところにとどまっておられた。しかし、人々ひとびとは方々かたがたから、イエスのところにぞくぞくと集あつまってきた。

マルコ6:31 するとイエスは彼かれらに言いわれた、「さあ、あなたがたは、人ひとを避さけて寂さびしい所ところへ行いって、しばらく休やすむがよい」。それは、出入でいりする人ひとが多おおくて、食事しょくじをする暇ひまもなかったからである。

マルコ6:32 そこで彼かれらは人ひとを避さけ、舟ふねに乗のって寂さびしい所ところへ行いった。

マルコ6:35 ところが、はや時ときもおそくなったので、弟子でしたちはイエスのもとにきて言いった、「ここは寂さびしい所ところでもあり、もう時ときもおそくなりました。

ルカによる福音書(3か所)

ルカ4:42 夜よるが明あけると、イエスは寂さびしい所ところへ出でて行いかれたが、群衆ぐんしゅうが捜さがしまわって、みもとに集あつまり、自分じぶんたちから離はなれて行いかれないようにと、引ひき止とめた。

ルカ5:16 しかしイエスは、寂さびしい所ところに退しりぞいて祈いのっておられた。

ルカ9:12 それから日ひが傾かたむきかけたので、十じゅう二に弟子でしがイエスのもとにきて言いった、「群衆ぐんしゅうを解散かいさんして、まわりの村々むらむらや部落ぶらくへ行いって宿やどを取とり、食物しょくもつを手てにいれるようにさせてください。わたしたちはこんな寂さびしい所ところにきているのですから」。

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