「塵」(ごみ)が出てくる聖書の箇所
「塵」(ごみ)は日常訳第1版の19か所(旧約16・新約3)に出てきます。口語訳では0か所。
サムエル記上(1か所)
サムエル第一2:8 主は弱い者をちりの中から立ち上がらせ、貧しい者をごみの山から引き上げる。高貴な人々と並んで座らせ、栄光の座を受け継がせるためだ。地を支える柱は主のものであり、その上に世界を据えられたからだ。
列王紀上(1か所)
列王紀上16:2 「わたしはあなたを塵の中から引き上げ、わたしの民イスラエルの指導者とした。それなのに、あなたはヤロブアムと同じ道を歩み、わたしの民イスラエルに罪を犯させて、彼らの罪でわたしを怒らせた。
列王紀下(1か所)
列王紀下23:15 さらに王は、ベテルにあった祭壇、つまりイスラエルに罪を犯させたネバトの子ヤロブアムが造った高き所も取り壊した。その祭壇と高き所を壊し、高き所を焼き、粉々に砕いて塵にし、アシェラの柱も焼いた。
エズラ記(1か所)
エズラ記6:11 さらにわたしは命じる。この命令を変える者があれば、だれであっても、その家から梁を引き抜き、それを立てて、その者をそれに掛けて処刑せよ。そしてその家は、このために、ごみの山とせよ。
ヨブ記(2か所)
ヨブ記16:15 わたしは荒布を肌に縫いつけ、誇りを地の塵にうずめた。
ヨブ記34:15 すべての肉なるものはひとつに滅び、人は塵に帰る。
詩篇(2か所)
詩篇102:14 あなたに仕える人たちは、シオンの石を愛おしみ、その塵さえいとおしんでいるからだ。
詩篇113:7 主は貧しい人を土のちりから起こし、乏しい人をごみの山から引き上げる。
伝道の書(1か所)
伝道の書3:20 すべては同じ場所へ行く。すべては塵から出て、すべては塵に帰る。
イザヤ書(2か所)
イザヤ書5:25 だからこそ、主の怒りはご自分の民に対して燃え上がった。主は彼らに手を伸ばして打たれた。山々は震え、彼らの死体はちまたの真ん中でごみのように転がった。それでもなお、主の怒りはおさまらず、その手はまだ伸ばされたままだ。
イザヤ書49:23 王たちはあなたの養い親となり、王妃たちはあなたの乳母となる。彼らは顔を地につけてあなたにひれ伏し、あなたの足の塵をなめる。そのときあなたは知る。わたしが主であることを。わたしを待ち望む者は、決して恥を受けない。」
哀歌(2か所)
哀歌3:45 あなたはわたしたちを、国々の民の中で、ごみのように、くずのように扱われた。
哀歌4:5 おいしいものを食べていた者たちが、通りで飢え衰えている。緋色の衣に包まれて育った者たちが、ごみの山にすがりついている。
ダニエル書(1か所)
ダニエル書2:5 王はカルデア人に答えた。「わたしの決めたことは変わらない。もしその夢と、その意味をわたしに教えられないなら、お前たちは切り刻まれ、お前たちの家はごみの山にされる。
アモス書(1か所)
アモス書2:7 彼らは弱い者の頭を地の塵に踏みつけ、苦しむ人たちを道から押しのける。父と息子が同じ女のもとに通い、わたしの聖なる名を汚す。
ゼパニヤ書(1か所)
ゼパニヤ書1:17 わたしは人々を苦しめる。彼らは目の見えない人のように、さまよい歩く。主に対して罪を犯したからだ。彼らの血は塵のようにまき散らされ、その肉は糞のように投げ捨てられる。
マタイによる福音書(1か所)
マタイ7:4 自分の目に大きな丸太が入っているのに、どうして兄弟姉妹に「君の目からそのゴミを取らせて」なんて言えるだろう。
コリント人への第一の手紙(1か所)
コリント第一4:13 悪く言われれば、おだやかに語りかける。わたしたちは今この時まで、世界のごみのようにされ、すべての人のかすのようにされてきた。
ピリピ人への手紙(1か所)
ピリピ3:8 いや、それだけではない。わたしの主キリスト・イエスを知ることのすばらしさに比べれば、すべてが損だと思っている。キリストのために、わたしはすべてを失った。そして、それらをゴミくずと思っている。キリストを得るためだ。