「動揺」(どうよう)が出てくる聖書の箇所
「動揺」(どうよう)は日常訳第1版の10か所(旧約1・新約9)に出てきます。口語訳では3か所。
創世記(1か所)
創世記45:3 ヨセフは兄弟たちに言った。「わたしはヨセフだ。父はまだ生きているのか。」兄弟たちは答えることができなかった。ヨセフを前にして、ひどく動揺していたからだ。
マタイによる福音書(2か所)
マタイ2:3 ヘロデ王はこの話を聞いて動揺した。エルサレムの人々もみな、同じように不安になった。
マタイ14:26 弟子たちは、イエスが湖の上を歩いているのを見て、動揺した。「あれは幽霊だ」と言って、恐ろしさのあまり叫び声をあげた。
マルコによる福音書(1か所)
マルコ14:33 そして、ペトロとヤコブとヨハネを連れて行った。イエスはひどく動揺し、苦しみ始めた。
ルカによる福音書(2か所)
ルカ1:12 それを見たザカリヤは動揺し、恐ろしくてたまらなくなった。
ルカ24:38 するとイエスは言った。「どうしてそんなに動揺しているのか。どうして心にいろいろな迷いが起こるのか。
使徒行伝(1か所)
使徒17:8 これを聞いた群衆と町の役人たちは、動揺した。
テサロニケ人への第一の手紙(1か所)
テサロニケ第一3:3 こうした苦しみのなかで、だれも動揺しないようにと思ったからだ。わたしたちがこういう目にあうように定められていることは、あなたがた自身がよく知っている。
テサロニケ人への第二の手紙(1か所)
テサロニケ第二2:2 「主の日はもう来てしまった」という話を聞いても、簡単に心を揺さぶられたり、動揺したりしないでほしい。それが預言によるものでも、だれかの言葉でも、わたしたちが書いたとされる手紙によるものでも、惑わされてはいけない。
ペテロの第一の手紙(1か所)
ペテロ第一3:14 でも、たとえ義のために苦しむことがあっても、あなたたちは幸いだ。彼らの脅しにおびえてはいけない。動揺してもいけない。