「事がら」(ことがら)が出てくる聖書の箇所
「事がら」(ことがら)は口語訳の13か所(旧約2・新約11)に出てきます。「ことがら」「事柄」も含みます。日常訳第1版では3か所。
申命記(1か所)
申命記28:34 こうしてあなたは目に見る事柄によって、気が狂うにいたるであろう。
伝道の書(1か所)
伝道の書9:5 生きている者は死ぬべき事を知っている。しかし死者は何事をも知らない、また、もはや報いを受けることもない。その記憶に残る事がらさえも、ついに忘れられる。
マタイによる福音書(1か所)
マタイ18:16 もし聞いてくれないなら、ほかにひとりふたりを、一緒に連れて行きなさい。それは、ふたりまたは三人の証人の口によって、すべてのことがらが確かめられるためである。
マルコによる福音書(1か所)
マルコ4:24 また彼らに言われた、「聞くことがらに注意しなさい。あなたがたの量るそのはかりで、自分にも量り与えられ、その上になお増し加えられるであろう。
ローマ人への手紙(3か所)
ローマ1:19 なぜなら、神について知りうる事がらは、彼らには明らかであり、神がそれを彼らに明らかにされたのである。
ローマ2:16 そして、これらのことは、わたしの福音によれば、神がキリスト・イエスによって人々の隠れた事がらをさばかれるその日に、明らかにされるであろう。
ローマ15:4 これまでに書かれた事がらは、すべてわたしたちの教のために書かれたのであって、それは聖書の与える忍耐と慰めとによって、望みをいだかせるためである。
コリント人への第二の手紙(2か所)
コリント第二8:7 さて、あなたがたがあらゆる事がらについて富んでいるように、すなわち、信仰にも言葉にも知識にも、あらゆる熱情にも、また、あなたがたに対するわたしたちの愛にも富んでいるように、この恵みのわざにも富んでほしい。
コリント第二13:1 わたしは今、三度目にあなたがたの所に行こうとしている。すべての事がらは、ふたりか三人の証人の証言によって確定する。
ヘブル人への手紙(4か所)
ヘブル3:5 さて、モーセは、後に語らるべき事がらについてあかしをするために、仕える者として、神の家の全体に対して忠実であったが、
ヘブル6:18 それは、偽ることのあり得ない神に立てられた二つの不変の事がらによって、前におかれている望みを捕えようとして世をのがれてきたわたしたちが、力強い励ましを受けるためである。
ヘブル11:1 さて、信仰とは、望んでいる事がらを確信し、まだ見ていない事実を確認することである。
ヘブル11:7 信仰によって、ノアはまだ見ていない事がらについて御告げを受け、恐れかしこみつつ、その家族を救うために箱舟を造り、その信仰によって世の罪をさばき、そして、信仰による義を受け継ぐ者となった。