「いつくしむ」が出てくる聖書の箇所

「いつくしむ」は日常訳第1版の13か所(旧約11・新約2)に出てきます。「慈しむ」も含みます。口語訳では198か所。

口語訳で読む · 語句検索で探す

創世記(1か所)

創世記39:21 主しゅはヨセフと共ともにおられた。ヨセフを慈いつくしみ、看守かんしゅの心こころに、ヨセフを気きに入はいらせてくださった。

ヨブ記(1か所)

ヨブ記10:12 命いのちといつくしみをわたしに与あたえ、心こころにかけてわたしの霊れいを守まもってくださった。

詩篇(4か所)

詩篇25:7 わたしが若わかいころに犯おかした罪つみも、過あやまちも、思おもい出ださないでください。主しゅよ、あなたの変かわらぬ愛あいによって、あなたのいつくしみのゆえに、わたしを心こころにかけてください。

詩篇90:17 わたしたちの神かみ、主しゅのいつくしみが、わたしたちの上うえにありますように。わたしたちの手てのわざを、確たしかなものにしてください。わたしたちの手てのわざを、確たしかなものにしてください。

詩篇102:13 あなたは立たち上あがり、シオンをあわれんでくださる。今いまこそ、シオンをいつくしむとき。定さだめられた時ときが来きたのだから。

詩篇144:2 主しゅはわたしの慈いつくしみ、わたしの砦とりで、わたしの高たかいやぐら、わたしを助たすけ出だす方かた。わたしの盾たて、わたしが身みを寄よせる方かた。主しゅはもろもろの民たみをわたしに従したがわせてくださる。

イザヤ書(1か所)

イザヤ書5:7 万まん軍ぐんの主しゅのぶどう畑はたけ、それはイスラエルの家いえ。主しゅが心こころから慈いつくしんで植うえた木き、それはユダの人々ひとびとだ。主しゅは公正こうせいを待まち望のぞんだ。でも、そこにあったのは流血りゅうけつ。正義せいぎを待まち望のぞんだ。でも、聞きこえてきたのは叫さけび声ごえだった。

エレミヤ書(3か所)

エレミヤ書2:2 「行いって、エルサレムに聞きこえるように呼よびかけなさい。主しゅはこう言いわれる。わたしは、あなたの若わかい頃ころの慈いつくしみ、婚約こんやくのときの愛あいを覚おぼえている。あなたは種たねもまかれない荒あれ野のを、わたしについて来きた。

エレミヤ書13:14 そして、彼かれらを互たがいにぶつけ合あわせて砕くくだく。父ちちも子こも一緒いっしょにだ。主しゅはこう告つげる。わたしは惜おしまず、あわれまず、いつくしまず、彼かれらを滅ほろぼす。」

エレミヤ書21:7 その後ご、主しゅはこう言いわれる。わたしは、ユダの王おうゼデキヤと、その家来けらいたち、民たみ、そしてこの町まちで疫病やくびょうと剣けんと飢うえを生いき延のびた者ものたちを、バビロンの王おうネブカドレツァルの手てに、彼かれらの敵てきの手てに、彼かれらの命いのちをねらう者ものたちの手てに渡わたす。ネブカドレツァルは彼かれらを剣けんで打うち、あわれむことも、惜おしむことも、いつくしむこともしない。

ホセア書(1か所)

ホセア書2:1 兄弟きょうだいたちには「アンミ(わたしの民たみ)」と呼よびかけ、姉妹しまいたちには「ルハマ(慈いつくしまれる者もの)」と呼よびかけなさい。

ローマ人への手紙(1か所)

ローマ9:15 神かみはモーセにこう言いわれた。「わたしは、あわれもうと思おもう者ものをあわれみ、いつくしもうと思おもう者ものをいつくしむ。」

エペソ人への手紙(1か所)

エペソ2:7 それは、これから来くる時代じだいに向むけて、あふれるほど豊ゆたかな恵めぐみを示しめすためだった。キリスト・イエスにあってわたしたちに向むけられた、神かみのいつくしみによる恵めぐみを。

語句索引に戻る