使徒行伝 2章25節(使徒2:25)

25 ダビデは、イエスについてこう言いっています。『わたしはいつも、目めの前まえに主しゅを見みていた。主しゅがわたしの右みぎにおられるので、わたしは決けっして揺ゆるがされない。

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この節を含む箇所ペテロの説教使徒2:14-36

前後の聖句(2章23–27節)

23 このイエスは、神かみがあらかじめ定さだめた計画けいかくと、すべてをご存ぞんじの神かみのお考かんがえによって、あなたがたに引ひき渡わたされました。あなたがたは、律法りっぽうを知しらない者ものたちの手てを借かりて、このイエスを十字じゅうじ架かにつけ、殺ころしたのです。

24 しかし神かみは、イエスを死しの苦くるしみから解とき放はなって、よみがえらせました。イエスが死しに捕とらえられたままでいるなど、あり得えないことだったからです。

25 ダビデは、イエスについてこう言いっています。『わたしはいつも、目めの前まえに主しゅを見みていた。主しゅがわたしの右みぎにおられるので、わたしは決けっして揺ゆるがされない。

26 だから、わたしの心こころは喜よろこび、舌したは喜よろこびの声こえをあげた。この肉にくも、望のぞみのうちに安やすらぐ。

27 あなたは、わたしのたましいを死者ししゃの世界せかいに捨すて置おかず、あなたの聖せいなる者ものを朽くち果はてるままにはされないからだ。

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