伝道の書 9章11節(伝道の書9:11)

11 わたしはまた、太陽たいようの下もとでこう見みた。足あしの速はやい人ひとが競走きょうそうに勝かつとはかぎらず、強つよい人ひとが戦たたかいに勝かつともかぎらない。知恵ちえある人ひとがパンにありつくとも、賢かしこい人ひとが富とみを得うるとも、才能さいのうある人ひとが好すかれるともかぎらない。だれにも、時ときとめぐり合あわせがふりかかるからだ。

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この節を含む箇所この世での分を楽しめ伝道の書9:7-12

前後の聖句(9章9–13節)

9 太陽たいようの下もとで神かみが与あたえてくれた、はかない人生じんせいのあいだ、愛あいする妻つまとともに人生じんせいを楽たのしみなさい。それがこの人生じんせいであなたに割わり当あてられたもの、太陽たいようの下もとで骨折ほねおって働はたらくあなたの取とり分ぶんなのだから。

10 何なんであれ、手てがけられることは、力ちからを尽つくしてやりなさい。あなたが行いこうとしている死者ししゃの世界せかいには、働はたらくことも、考かんがえることも、知識ちしきも、知恵ちえもないのだから。

11 わたしはまた、太陽たいようの下もとでこう見みた。足あしの速はやい人ひとが競走きょうそうに勝かつとはかぎらず、強つよい人ひとが戦たたかいに勝かつともかぎらない。知恵ちえある人ひとがパンにありつくとも、賢かしこい人ひとが富とみを得うるとも、才能さいのうある人ひとが好すかれるともかぎらない。だれにも、時ときとめぐり合あわせがふりかかるからだ。

12 しかも人ひとは、自分じぶんの時ときを知しらない。悪わるい網あみにかかる魚さかなのように、わなにかかる鳥とりのように、人ひともまた、突然とつぜんふりかかる不運ふうんのときに、思おもいがけずとらえられてしまうのだ。

13 わたしは太陽たいようの下もとで、こんな知恵ちえも見みた。それはわたしの心こころに深ふかく残のこった。

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