ローマ人への手紙 9章6-29節

神の主権による選び(ローマ9:6-29)

見出しは聖書本文ではなく、当サイトが付けたものです。

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6 しかし、神かみの言げんが無効むこうになったというわけではない。なぜなら、イスラエルから出でた者ものが全部ぜんぶイスラエルなのではなく、

7 また、アブラハムの子孫しそんだからといって、その全部ぜんぶが子こであるのではないからである。かえって「イサクから出でる者ものが、あなたの子孫しそんと呼よばれるであろう」。

8 すなわち、肉にくの子こがそのまま神かみの子こなのではなく、むしろ約束やくそくの子こが子孫しそんとして認みとめられるのである。

9 約束やくそくの言葉ことばはこうである。「来年らいねんの今いまごろ、わたしはまた来くる。そして、サラに男子だんしが与あたえられるであろう」。

10 そればかりではなく、ひとりの人ひと、すなわち、わたしたちの父祖ふそイサクによって受胎じゅたいしたリベカの場合ばあいも、また同様どうようである。

11 まだ子供こどもらが生うまれもせず、善ぜんも悪あくもしない先さきに、神かみの選えらびの計画けいかくが、

12 わざによらず、召めしたかたによって行おこなわれるために、「兄あには弟おとうとに仕つかえるであろう」と、彼女かのじょに仰おおせられたのである。

13 「わたしはヤコブを愛あいしエサウを憎にくんだ」と書かいてあるとおりである。

14 では、わたしたちはなんと言いおうか。神かみの側がわに不正ふせいがあるのか。断だんじてそうではない。

15 神かみはモーセに言いわれた、「わたしは自分じぶんのあわれもうとする者ものをあわれみ、いつくしもうとする者ものを、いつくしむ」。

16 ゆえに、それは人間にんげんの意志いしや努力どりょくによるのではなく、ただ神かみのあわれみによるのである。

17 聖書せいしょはパロにこう言いっている、「わたしがあなたを立たてたのは、この事ことのためである。すなわち、あなたによってわたしの力ちからをあらわし、また、わたしの名なが全ぜん世界せかいに言いいいひろめられるためである」。

18 だから、神かみはそのあわれもうと思おもう者ものをあわれみ、かたくなにしようと思おもう者ものを、かたくなになさるのである。

19 そこで、あなたは言ゆうであろう、「なぜ神かみは、なおも人ひとを責せめられるのか。だれが、神かみの意図いとに逆さからい得えようか」。

20 ああ人ひとよ。あなたは、神かみに言いいい逆さからうとは、いったい、何者なにものなのか。造つくられたものが造つくった者ものに向むかって、「なぜ、わたしをこのように造つくったのか」と言いうことがあろうか。

21 陶器とうきを造つくる者ものは、同おなじ土つちくれから、一ひとつを尊とうとい器うつわに、他たを卑いやしい器うつわに造つくりあげる権能けんのうがないのであろうか。

22 もし、神かみが怒いかりをあらわし、かつ、ご自身じしんの力ちからを知しらせようと思おもわれつつも、滅ほろびることになっている怒いかりの器うつわを、大おおいなる寛容かんようをもって忍しのばれたとすれば、

23 かつ、栄光えいこうにあずからせるために、あらかじめ用意よういされたあわれみの器うつわにご自身じしんの栄光えいこうの富とみを知しらせようとされたとすれば、どうであろうか。

24 神かみは、このあわれみの器うつわとして、またわたしたちをも、ユダヤ人にんの中なかからだけではなく、異邦いほう人にんの中なかからも召めされたのである。

25 それは、ホセアの書しょでも言いわれているとおりである、「わたしは、わたしの民たみでない者ものを、わたしの民たみと呼よび、愛あいされなかった者ものを、愛あいされる者ものと呼よぶであろう。

26 あなたがたはわたしの民たみではないと、彼かれらに言いったその場所ばしょで、彼かれらは生いける神かみの子こらであると、呼よばれるであろう」。

27 また、イザヤはイスラエルについて叫さけんでいる、「たとい、イスラエルの子こらの数かずは、浜はまの砂すなのようであっても、救すくわれるのは、残のこされた者ものだけであろう。

28 主しゅは、御言みことをきびしくまたすみやかに、地上ちじょうになしとげられるであろう」。

29 さらに、イザヤは預言よげんした、「もし、万まん軍ぐんの主しゅがわたしたちに子孫しそんを残のこされなかったなら、わたしたちはソドムのようになり、ゴモラと同おなじようになったであろう」。

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