マタイによる福音書 6章30節(マタイ6:30)

30 きょうは生はえていて、あすは炉ろに投なげ入いれられる野のの草くさでさえ、神かみはこのように装よそおって下くださるのなら、あなたがたに、それ以上いじょうよくしてくださらないはずがあろうか。ああ、信仰しんこうの薄うすい者ものたちよ。

マタイ6章全体を読む
この節を含む箇所思いわずらうなマタイ6:25-34

前後の聖句(6章28–32節)

28 また、なぜ、着物きもののことで思おもいわずらうのか。野のの花はながどうして育そだっているか、考かんがえて見みるがよい。働はたらきもせず、紡つむぎもしない。

29 しかし、あなたがたに言ゆうが、栄華えいがをきわめた時ときのソロモンでさえ、この花はなの一ひとつほどにも着飾きかざってはいなかった。

30 きょうは生はえていて、あすは炉ろに投なげ入いれられる野のの草くさでさえ、神かみはこのように装よそおって下くださるのなら、あなたがたに、それ以上いじょうよくしてくださらないはずがあろうか。ああ、信仰しんこうの薄うすい者ものたちよ。

31 だから、何なんを食たべようか、何なんを飲のもうか、あるいは何なんを着きようかと言いって思おもいわずらうな。

32 これらのものはみな、異邦いほう人にんが切せつに求もとめているものである。あなたがたの天てんの父ちちは、これらのものが、ことごとくあなたがたに必要ひつようであることをご存ぞんじである。

有名な聖句をもっと読む