イザヤ書 53章1-8節

苦難のしもべ(イザヤ書53:1-8)

見出しと紹介文は聖書本文ではなく、当サイトが付けたものです。

人々に侮られ、捨てられた主のしもべについての預言です。彼はわたしたちのとがのために傷つけられ、ほふり場にひかれて行く小羊のように口を開かなかった、と語られます。新約聖書はこの箇所をイエスのことだとして引用しています(使徒行伝8章)。イザヤ書53章。

イザヤ書53章全体を読む

1 だれがわれわれの聞きいたことを信しんじ得えたか。主しゅの腕うでは、だれにあらわれたか。

2 彼かれは主しゅの前まえに若木わかぎのように、かわいた土つちから出でる根ねのように育そだった。彼かれにはわれわれの見みるべき姿すがたがなく、威厳いげんもなく、われわれの慕したうべき美うつくしさもない。

3 彼かれは侮あなどられて人ひとに捨すてられ、悲かなしみの人ひとで、病やまいを知しっていた。また顔かおをおおって忌いみきらわれる者もののように、彼かれは侮あなどられた。われわれも彼かれを尊とうとばなかった。

4 まことに彼かれはわれわれの病やまいを負おい、われわれの悲かなしみをになった。しかるに、われわれは思おもった、彼かれは打うたれ、神かみにたたかれ、苦くるしめられたのだと。

5 しかし彼かれはわれわれのとがのために傷きずつけられ、われわれの不義ふぎのために砕くだかれたのだ。彼かれはみずから懲ちょうしめをうけて、われわれに平安へいあんを与あたえ、その打うたれた傷きずによって、われわれはいやされたのだ。

6 われわれはみな羊ひつじのように迷まよって、おのおの自分じぶんの道みちに向むかって行いった。主しゅはわれわれすべての者ものの不義ふぎを、彼かれの上うえにおかれた。

7 彼かれはしえたげられ、苦くるしめられたけれども、口くちを開ひらかなかった。ほふり場じょうにひかれて行いく小羊こひつじのように、また毛けを切きる者ものの前まえに黙だまっている羊ひつじのように、口くちを開ひらかなかった。

8 彼かれは暴虐ぼうぎゃくなさばきによって取とり去さられた。その代だいの人ひとのうち、だれが思おもったであろうか、彼かれはわが民たみのとがのために打うたれて、生いけるものの地ちから断たたたれたのだと。

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